ら間もなく舟木とキミ子は実際に行方をくらました。二人が服毒自殺をして、二人ながら命はとりとめたといふ新聞記事を見出したのは幾日かの後であつた。
★
太平は毎日ねむつてゐた。眼をさましてゐたが、眼をさまして眠つてゐた。そして食事のためにだけ外へでる。億劫になると一日に一度しか食事にも出なかつた。
ある日外へでて、もう春も終らうとしてゐることに気がついた。まだ冬のつゞきのつもりでゐたのである。すべての樹々はまぶしいほどの新緑にあふれてゐた。
「驚いたなア」
彼はむせぶやうに新緑の香気を吸つた。彼の部屋には、まだ真冬の万年床が敷かれてゐた。
すると、唐突な初夏と同じやうに、突然キミ子が訪ねてきた。小型のトランクを一つぶらさげて。
「しばらく泊めてちやうだいよ」
キミ子は男が狂喜することを知つてゐた。その男を冷然と見下してゐる鬼の目がかくされてゐた。二人をつなぐ魂の糸はもはや一つも見当らず、太平はキミ子の肉体を貪るやうに愛撫して、牝犬を追ふ牡犬のやうな自分の姿を感じてゐた。キミ子の肉体すらもすでに他所々々《よそよそ》しかつたが、太平は芥溜《ごみため》をあさる犬
前へ
次へ
全31ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング