ら、彼の態度は一座の中で最も積極的なものになつた。彼は以前と同じやうに決して多くは喋らなかつた。けれども、彼の無言の態度が常にキミ子を追ひ、キミ子にさゝやきかけてゐた。
ある日、その部屋には太平と舟木とキミ子だけしかゐなかつた。
「明日、熱海へ行かうよ」
舟木は押しつけるやうにキミ子にいつた。舟木は太平の存在を問題にしてゐないといふ露骨な態度を見せてゐた。けれどもそれがキミ子にもいさゝか唐突すぎたので、かすかな当惑と怒りが走つた。
「ピアノのお弟子さんはどうしたの? あの方といつしよに行きなさいな」
「あんな小娘は厭さ。右を向けといへば右を向くんだよ。いつしよに芝居を見に行つたんだ。芝居を見ながら話しかけると、俯向いて返事をするんだぜ。髪の毛で芝居が見えやしないにさ。僕は小娘は嫌ひだね」
その言葉は毒々しいほどふてぶてしかつた。太平は顔をそむけたかつた。
数日の後に、又奇妙に三人だけの機会があつた。
「明日、熱海へ行かうよ」
まつたく同じことを舟木はいつた。数日間同じことをいひつゞけてゐる執拗さでなく、熱海へ行くまでは、たとひ死んでもいひつゞけてゐる執拗さであつた。
それか
前へ
次へ
全31ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング