のやうに掻きわけて美食をあさり、他所々々しさも鬼の目も顧慮しなかつた。陰鬱な狂つた情慾があるだけだつた。
 庄吉が訪ねてくると困るからとキミ子は運送屋をつれてきて別のアパートへ引越させた。そこから多摩川が近かつた。キミ子は太平をうながして、二人は毎日釣りに行つた。
 キミ子の腕はむきだされてゐた。キミ子のスカートは短かつた。靴下をつけてゐなかつた。キミ子の釣竿は青空に弧を描いたが、それはまつしろな腕が鋭く空を截《き》ることであり、水面に垂れたまつしろな脚がゆるやかに動くことであつた。二人は毎日ボートに乗つた。キミ子は仰向けにねころび、上流へ上流へと太平に漕がせた。上流へさかのぼるには異常な精力がいるのである。喉の渇きと疲労のために太平の全身は痛んでゐた。苦痛と疲労のさなかから目覚ましく生き返るのは情慾のみであつた。キミ子は髪の毛の上に両手を組み、目をとぢてゐた。まつしろな脚が時々にぶく向きを変へた。それを見すくめる太平の目は、情慾の息苦しさに、憎しみの色に変るのだ。乱れた呼吸が上体の屈折ごとに呻きとなつて歯からもれ、額の汗が目にしみた。河風が爽かであつた。
 太平はキミ子のまつしろな脚
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