を黙殺してゐるばかりでなく、たぶん庄吉は愛人なしにゐられないキミ子の性情を知つてゐて、好ましくない男達の玩具になるより、自分の好む男と遊んでくれることを欲するために太平を選んだのであらうと考へてみたりするのであつた。その考へはうがち過ぎて厭だつたが、そんなことにもこだはる必要がなかつたほど彼は庄吉を忘れてゐた。そして庄吉の友情のこもつた手紙を読むと、その寛大さに涙ぐむほど感動しながら、庄吉に打ち開けてキミ子を正式に貰ひたいと思ひふけり、庄吉の悲痛なる人間苦を思ひやつてはゐなかつた。
 庄吉からキミ子を貰ひ受けたいといふ考へはだんだん激しくなるのであつた。けれども庄吉のことよりも、キミ子自身の返答に就いて考へると、絶望的になるのであつた。太平の甘い考へはキミ子自身を思ふたびに氷化して、永遠に突き放された思ひのために絶望した。
 太平は病者のやうに彷徨して、青々軒を訪れた。
 青々軒は過ぎ去つた話に就いては一語もふれず、たゞ、キミ子さんが昨日も来たぜ、今日も来たぜ、お午《ひる》ごろだつたね。それから一週間前ぐらゐにも二三度来てゐるんだ、といつた。それをきくと、見る見る眼前に一縷の光が流れこ
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