たゞ、遊びだよ。ネ、落合さん。人生は朝露の如し。ネ、たゞ遊びあるのみ。さうではないかね。遊びながら我等は死ぬのさ。いざ諸人《もろびと》よ、おゝ、さらば愛さんかな、唄はんかな、それだけさ」
 さうさゝやいて帰りかけたが、戻つてきて、腕つきで太平を抱くまねをして接吻の音だけさせて、アッハッハと笑ひながら階段を登つて行つた。太平が座へ戻ると、それを迎へた花村が、
「落合さんは純情だよ。彼は濡縁にしよんぼり立つてゐるのさ。濡縁にしよんぼりなどとは古風な芸者かなにかにあるが、ところが落合太平にはそれが場違ひぢやないんで、僕は惚れ直したといふわけさ」
 すると片隅の舟木が開き直つて、
「彼には古風なところがあるのさ。然しそれは純粋といふことではないね。いはば田舎者なんだな。木綿のゴツゴツした着物かなんか着て、つまりそこのところに芸者の姿と対照的にマッチするものはあるがね。田舎風な律義さが一応の文化的教養を背負つてゐる奇妙な効果で人目をはぐらかしてゐるだけのことぢやないか」
 その憎悪は決定的であつた。そこにも嫉妬はあつたが、下からの嫉妬でなしに、上に立つて、見下しながら憎んでゐた。そして、その時から、彼の態度は一座の中で最も積極的なものになつた。彼は以前と同じやうに決して多くは喋らなかつた。けれども、彼の無言の態度が常にキミ子を追ひ、キミ子にさゝやきかけてゐた。
 ある日、その部屋には太平と舟木とキミ子だけしかゐなかつた。
「明日、熱海へ行かうよ」
 舟木は押しつけるやうにキミ子にいつた。舟木は太平の存在を問題にしてゐないといふ露骨な態度を見せてゐた。けれどもそれがキミ子にもいさゝか唐突すぎたので、かすかな当惑と怒りが走つた。
「ピアノのお弟子さんはどうしたの? あの方といつしよに行きなさいな」
「あんな小娘は厭さ。右を向けといへば右を向くんだよ。いつしよに芝居を見に行つたんだ。芝居を見ながら話しかけると、俯向いて返事をするんだぜ。髪の毛で芝居が見えやしないにさ。僕は小娘は嫌ひだね」
 その言葉は毒々しいほどふてぶてしかつた。太平は顔をそむけたかつた。
 数日の後に、又奇妙に三人だけの機会があつた。
「明日、熱海へ行かうよ」
 まつたく同じことを舟木はいつた。数日間同じことをいひつゞけてゐる執拗さでなく、熱海へ行くまでは、たとひ死んでもいひつゞけてゐる執拗さであつた。
 それか
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