評判の本を読んだことがあつた。「ひとりごと」も大変評判が良いといふことを立野さんからうかゞつたが、かういふものが評判を得るといふことは賀すべきことだと思はれない。
ひねくれた人間のナマ身のひねくれた観察自体などゝいふものは、蟹のアブクが蟹のアブク自体であるといふことゝ同様、たゞそれだけの奇妙な景観であるにすぎない。「春日」といふ作品は傑作であるが、中戸川とみゑといふ人間自体が「春日」ではないので、「薔薇は生きてる」などゝいふコマッチャクレたアブクはむしろ醜悪であり、私はたゞ厭な子供だな、と思つたゞけだ。
ひねくれた観察などは何等文学本来の価値ではないので、たゞ日本には珍らしいといふだけ、珍らしい果実は、その果実の中味が真に美味であるといふことゝ関係はない。
私は善人は嫌ひだ。なぜなら善人は人を許し我を許し、なれあひで世を渡り、真実自我を見つめるといふ苦悩も孤独もないからである。悪人は――悪徳自体は常にくだらぬものではあるが、悪徳の性格の一つには孤独といふ必然の性格があり、他をたより得ず、あらゆる物に見すてられ見放され自分だけを見つめなければならないといふ崖があるのだ。善人尚もて往
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