ボンヤリして、表情の死んだ顔貌《かおつき》をしてゐた。

 それから、太陽のある夏が来た。

[#7字下げ]5[#「5」は中見出し]

 その頃から、こと毎に、お前は僕を憎んだり、軽蔑したりしはじめた。それは時々、徒事《ただごと》でなかつた。
 僕への深い尊敬の、逆な表現ではあるまいか、僕は時々さう考へた。それは有り得ることだつた、少くとも、お前は僕を怖れはじめてゐた。ヒョッとして――死にたがるのは、むしろお前ではなかつたのか、僕は時々さうも思つた。
 僕はことさら肩を張り、傲然と高く杖を振り振り街を歩いた。お前は空を裂くやうに、鋭く街を渡つてゆく、時々お前の顔貌《かおつき》は金属性の狐のやうに、硬く冷く尖つて見えた。お前の肩に切られた風が、不思議に綺麗な切断面を迸しらせて、多彩な色と匂ひとで僕の首《うなじ》を包んでしまふ、僕はときたま噎せながら、不思議にそれを綺麗だと思つた。

 ――尊敬は恋愛の畢りなり。
 この不思議な逆説を、間もなく僕達は経験した。



底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
   1999(平成11)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第九年第
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