した海の遠さが薄く一杯。二人は下の波を見る、波を伝ひに、だんだん遠い沖へ目をやる。船は港を出やうとして、やるせない程遅鈍な緩さに半廻転を試みてゐた。岩壁から長々と沖へ彎曲した太い航跡《ウエーキ》に泡も消えて、流されてゆく波紋の頭《かしら》に時々白い空が揺れた、小さな船が、広い航跡を横切つてゆく。
「アアア、あたし何処かへ飛んで行きたい、知らない国へ、ひとりぽつちで旅をしたいわ……」
「僕も何処かへ飛んできたいや……」
僕の大きな体躯から、自棄な溜息が漏れて落ちさう。僕はガックリ蒼空を見る、その瞬間をお前はまるで予期したやうにその時険しく僕を睨む、それも一瞬《ひととき》、お前は素早く瞳を逸らし、鈍く耀やく石畳へ棄て去るやうに其れを落す、お前は息を呑みながら小さく肩を聳やかし、劇しい軽蔑を強調しながら、ふと立ち上つて歩きはじめる。
「あたし何処かへ行きたいの……」
お前は再び小さな声で、同じ言葉を呟き直す、恰も僕の良心へその呟きを押しつけるやうに。そしてお前は急ぎはじめる、急ぐうちに僕のみ一人侘しく遠い岩壁に小《ち》さく残して、お前は白い石畳をだんだん早い速力で、ただ一条《ひとすじ》に
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