ただ少数の人々が、立ち去る船とスレスレに並んで、船の歩調と同じ緩さに合はせながら、岩壁の突端まで、船を見上げて歩いて行く。僕達も船と一緒に歩きはじめる、しかし僕達は下を見て行く、下にテープがもう、寝腐れて藻屑のやう、そして僕達はそんなテープを跨ぎながら、妙に永く記憶に残る会話を交したね。
「えキミ、ボク達は生活を変へやうよ。キミがいつたい良くないんだもの――キミはあんまり乾いてる、ボクきらひ、ボクきらひよ……」
僕は返事をしなかつた、僕は当惑したやうな、ウルサクて困るやうな、苦笑ひを浮べながら、コツコツと、船と一緒に歩いてゐた、時々、わざと大袈裟に人の背中を避けたりしながら……。しかし僕は鮎子の言葉をハッキリと耳に残して歩いてゐた、そして狡るさうに投げかけたその愛くるしい眼差を反芻しながら、今にも叫び出したい興奮を危ふく苦笑ひに誤魔化してゐた。
「さうだ、僕達は生活を変へなければならない。そして僕達はモット充実した生活を暮さなければ……」
僕はかう答へたかつた、だが僕は其れを口には言ひ出さない、なぜならば、それを口にした瞬間に、愚かにも僕の目瞼に涙が光る、それを僕は予想することが出
前へ
次へ
全21ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング