これが気に入らない。あれは全然似ていないよ。坂口さんはあんな色男じゃないよ。第一、感じが違うんだ、と云って、ぜひ、もう一枚うつさせろ、私は彼の言い方が甚だ気に入らないのだけれども、衆寡敵せず、なぜなら、色男の写真が全然別人だというのは定説だからで、じゃアいずれグデングデンに酔っ払って意識せざる時に撮させてあげると約束を結んでいたのである。
ところが彼は奇襲作戦によって、突如として私の自宅を襲い、物も言わず助手と共に撮影の用意をはじめ、呆気にとられている私に、
「坂口さん、この写真機はね、特別の(何というのだか忘れたが)ヤツで、坂口さん以外の人は、こんな凄いヤツを使いやしないんですよ。今日は特別に、この飛び切りの、とっときの、秘蔵の」
と、有りがたそうな呪文をブツブツ呟きながら、組み立てゝ、
「さア、坂口さん、書斎へ行きましょう。書斎へ坐って下さい。私は今日は原稿紙に向ってジッと睨んでいるところを撮しに来たんですから」
彼は、私の書斎が二ヶ年間掃除をしたことのない秘密の部屋だということなどは知らないのである。
彼はすでに思い決しているのだから、こうなると、私もまったく真珠湾で、ふ
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