草庵へ戻つたとき、すでに病人は臨終を待つばかりであつた。人々は不幸な友の枕頭に凝坐して、悲嘆にくれたが、もとより人の思ひによつて消える命が取戻せようものではなかつた。
草庵の裏山に眺望ひらけた中腹の平地を探しもとめて、涙ながらに友のなきがらを葬つた。回向、引導も型の如くに執り行つたが、和尚の顔色は益々勝れず、土気色のむくみを表はし、眉間の憂悶は隠しもあへず、全身衰微の色深く、歩く足にも力失せがちな有様がただならなかつた。
一座の長が進みでて、一様ならぬ長逗留の不始末を詫び、回向の労を深謝したとき、和尚が言つた。
「されば、善根、回向は比丘のつとめ。ましてこの身は見られる如く世を捨てた沙門、お礼のことはひらに要り申さぬ。ただ、お言葉ゆゑ、所望いたしてよろしいものなら、なにとぞ、一念発起の心根をあはれみ、塵労断ちがたい鈍根の青道心に劬《いた》はりを寄せ給ひて、俗世の風が解脱の障擬とならぬやう、なるべく早う拙僧ひとりにさせて下されたい」
語る言葉にも力なく息苦しげであつた。
人々は俄かに興ざめ、遺品などとりまとめるにも心せかせて、いとまを告げたが、それを待つ間ももどかしげな和尚の様子
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