ぎ入れたが、翌日も、また翌日も、はかばかしくいかない。先を急ぐ旅のこととて、ひとりの附添ひを置き残して一座の者は立去つた。
病人は暮方から熱が高まり、夜は悪夢にうなされて譫言《うわごと》を言ひ、屡々水をもとめた。明方に漸く寝しづまるのが例であつた。附添の男は和尚に祈祷を懇願した。同村の某が同じやうな高熱に悩んだとき、真言の僧に祈祷を受け、※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]摩耶底連《おんまやてれん》の札を水にうつしていただいたところ、翌日は熱も落ちて本復したことを思ひだしたのであつた。
「拙僧は左様な法力を会得した生きぼとけでは厶《ござ》らぬ」と和尚は答へた。「見られる通り俗世間を遁れ、一念解脱を発起した鈍根の青道心で厶る。死生を大悟し、即心即仏非心非仏に到らんことを欲しながら、妄想尽きず、見透するところ甚だ浅薄な、一尿床の鬼子(寝小便垂れ小僧)とは即ちこの坊主がこと。加持祈祷は思ひもより申さぬ」と受けつける気配もなかつた。
病人は日毎に衰へ、すでに起居も不自由であつた。頻りに故里の土を恋しがり、また人々をなつかしんだ。その音声も日を経るごとに力なく、附添ひの友の嘆きを深くさせ
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