山門をくぐつた。折から弁兆は小坊主の無断不在をかこちながら、酒食の支度に余念もなかつた。
 雲水の僧は身の丈六尺有余、筋骨隆々として、手足は古木のやうであつた。両眼は炬火の如くに燃え、両頬は岩塊の如く、鼻孔は風を吹き、口は荒縄を縒り合せたやうであつた。
 雲水の僧は庫裏へ現れ、弁兆の眼前を立ちふさいだ。それから、破《わ》れ鐘《がね》のやうな大音声でかうと問ふた。
「※[#「口+童」、第4水準2−4−38]酒糟《とうしゆそう》の漢(のんだくれめ)仏法を喰ふや如何に」
 弁兆は徳利を落し、さて、臍下丹田に力を籠めて、まづ大喝一番これに応じた。
 と、雲水の僧は、やをらかたへの囲炉裏の上へ半身をかがめた。左手に右の衣袖を収めて、紅蓮《ぐれん》をふく火中深くその逞しい片腕を差し入れた。さうして、大いなる燠のひとつを鷲掴みにして、再び弁兆の眼前を立ちふさいだ。
「※[#「口+童」、第4水準2−4−38]酒糟の漢よく仏法を喰ふや如何に」
 雲水の僧はにぢり寄つて、真赤な燠を弁兆の鼻先へ突きつけた。弁兆に二喝を発する勇気がなかつた。思はず色を失つて、飛び退《の》いてゐた。
「這の掠虚頭の漢(いんちき
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