するのである。彼らは帝国ホテルのフランス料理にあこがれない。彼らの日常の食事が、それよりも豊富な妙味に溢れていることを発見し、確認しているからである。
 伊東市の、ちょうど温泉町と漁師町の境界をなしているのが大川で、一名、音無川ともいう。この川では鮎とウナギがとれ、通人の愛好するモクゾオ蟹がとれる。又、その海にそそぐところでは、三百目、四百目の黒ダイがザラに釣れる。
 漁師の子供たちは夏いっぱい川の魚やカニをとって遊ぶが、それを食べることがない。漁師町では、川の魚は子供のオモチャと解して、食用に供することがない。川の魚はイソくさいから、と彼らは云う。イソといえば、海という意に解するのが通常の日本語であるが、彼らの用法は特別で、川魚や黒ダイはイソくさいからと云って、全然ケイベツしているのである。
 潮吹のあたりの岩のある海岸では、私がたった三十分汀をぶらつくだけで、ウニを十も二十も拾うことができる。アワビもサザエもふんだんにいる。彼らはそれを土産物として温泉客に売るけれども、自分たちは食べることがない。彼らの味覚は特別なのである。良かれ悪しかれ、彼らほどガンメイ固陋な美食家はいないのだ。
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