握りしめて、そして書いた。

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 この町に仁術を施す騎士住みたりき
 町民のために足の医者たるの小さき生涯を全うせんとしてシシとして奮励努力し
 天城山の炭やく小屋にオーダンをやむ男あれば箸を投げうってゲートルをまき雲をひらいて山林を走る
 孤島に血を吐くアマあれば一直線に海辺に駈けて小舟にうちのり風よ浪よ舟をはこべ島よ近づけとあせりにあせりぬ
 片足折れなば片足にて走らん
 両足折れなば手にて走らん
 手も足も折れなば首のみにても走らんものを
 疲れても走れ
 寝ても走れ
 われは小さき足の医者なり走りに走りて生涯を終らんものをと思いしに天これを許したまわず
 肺を病む人の肝臓をみれば腫れてあるなり
 胃腸を病む人の肝臓をみれば腫れてあるなり
 カゼひきてセキする人の肝臓をみればこれも腫れてあるなり
 ついに診る人の肝臓の腫れざるはなかりけり
 流行性肝臓炎!
 流行性肝臓炎!
 戦禍ここに至りてきわまれり
 大陸の流感性肝臓炎は海をわたりて侵入せるなり
 日本全土の肝臓はすべて肥大して圧痛を訴えんとす
 道に行き交う人を見てはあれも肝臓ならむこれも肝臓ならむと
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