煩悶し
 患者を見れば急いで葡萄糖の注射器をにぎり
 肝臓の肥大をふせげ! 肝臓を治せ!
 たたかえ! たたかえ! 流行性肝臓炎と!
 かく叫びて町に村に山に海に注射をうちて走りに走りぬ
 人よんで肝臓医者とののしれども後へはひかず
 山に猪あれども往診をいとわず
 足のうらにウニのトゲをさしても目的の注射をうたざれば倒れず
 ついに孤島に肝臓を病む父ありて空襲警報を物ともせずヒタ漕ぎに漕ぎいそぐ
 海上はるか彼方なり
 敵機降り来ってバクゲキす瞬時にして肝臓先生の姿は見えず
 足の医者のみかは肝臓の騎士道をも全うして先生の五体は四散して果てたるなりき
 しかあれど肝臓先生は死ぬことなし
 海底に叫びてあらむ
 肝臓を治せ! 肝臓を治せ! と
 なつかしの伊東の町に叫びてあらむ
 あの人も肝臓なりこの人も肝臓なりと
 肝臓の騎士の住みたる町、歩みたる道の尊きかな
 道行く人よ耳をすませ
 いつの世も肝臓先生の慈愛の言葉はこの道の上に絶ゆることはなかるべし
 肝臓を治せ
 たたかえ! たたかえ! 流行性肝臓炎と!
 たたかえ! たたかえ!
 たたかえ! と
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