びこんで死んだ。
 肝臓先生に遺書一首。

[#ここから3字下げ]
おみなごの身にしあれば怒りに果てむ
肝臓先生は負けたまはず
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 その遺作に山吹の花が添えてあった。花は咲けども実のらぬ悲しさを伝えたものであろうか。それをいだいて、先生は慟哭した。
 折しも女将の葬儀がこれから始まるという時であったのである。常の日ならば、この町に稀な盛葬であるべきものを、彼女の慈愛をうけた多くの人々は、あるいは戦地に、あるいは工場に去り、軍を恨んで身を果てた女傑の最後を葬う人は少かった。
 ボロシャツ一枚、水にぬれて駈けこんできた女があった。遠く沖にかすむ小島から、先生の往診をもとめて小舟を漕いできた娘であった。彼女の父が病んでいるのだ。すでに数日食物をとらず、全身黄色にそまり、痩せはてて明日をも知らぬ有様であるという。
 先生は嗟嘆した。
 この淋しい葬儀よ。一人かけても、せつないではないか。しかし孤島からはるばるとヒタ漕ぎに漕いで来たであろう娘を待たせ、孤島に肝臓を病んで医者を待つ病人を待たせ、どうして、ここに止まり得ようか。
「どうしてズブ濡れに濡れたのかね」
「ハイ、
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