との悪因縁はどこまでも附きまとう。
先生の無二の心の友であった老いたる女傑が、軍を恨んで自殺して果てたのである。この女傑は蔦づるという待合の女将で、先生の為人《ひととなり》を知り、これを遇すること最も厚い人であった。
肝臓医者とさげすみをうけることこそ、先生の栄光であることを、彼女は最もよく知っていたのだ。先覚者の悲劇である。また、予言者の宿命でもある。真理を知るものは常に孤絶して、イバラの道を歩かねばならないのだ。
二人は茶の友であり、又、詩歌の友でもあった。
彼女は豪腹であったから、敵も多かった。彼女を密告する者があった。B二十九が通るたび、物干へでゝハンケチをふって合図しているというのである。
彼女は憲兵隊へ呼びだしをうけた。身の覚えのないことであるから、疑いは晴れたが、怒り心頭に発してその無礼を咎める彼女に向って、憲兵の親玉はセセラ笑い、キサマのようなロクでもない商売で金をもうける奴は、国賊だ、サッサと死んでしまえ、と怒鳴りつけたのである。
最も熱烈な愛国者の一人であった女将の痛憤や、いかに。身にうけた侮辱の数々を遺書に残して、彼女は即夜、なつかしのふるさとの海にと
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