勇躍してお願いに上った次第です。軍医学校の全能力をあげて検査に当ったなら、いかなる医大の全能力も遠く足もとへ及ばない大成果を上げるに相違ありません。なにとぞこの願いをいれて、流行性肝臓炎の研究に当っていただきたいものです」
 と、誠意をヒレキして申出たのである。
 それに対する軍医部長の返答は、威丈高に先生を睨みすくめて、ただ一言、
「検査はできるだけ厳重にします」
 叩きつけるように、言いきっただけであった。何事か期するところがあるらしく、今にみろ、夜逃げ同様ここに居られなくしてやるから、と底に薄気味の悪い勝利の確信をただよわせている。
 先生は呆気にとられて、ひきさがらざるを得なかった。
 かくて軍医達は寝てもさめても検便又検便、いそがしいのは衛生兵、鼻をつまんで便をとり、便をあつめて、毎日の二番列車でせッせと東京の軍医学校へ運んで検査する。これをつづけること五十余日。ついにチフス菌は現れなかった。軍の威信をもってしても、健全なる人体からチフス菌をとりだすことは不可能だという平凡な事実が証明されただけである。おかげで肝臓先生は夜逃げしたり、牢屋へブチこまれずにすんだ。
 ところが軍
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