るから、いろいろ金目の書画や骨董類があった。東京の本邸に所蔵していた宝物を焼ける前に別荘へ疎開させておいたから、そっくり残っていたのである。花子夫人が売ったのは、その何分の一かで、全体から見れば微々たる数であったらしいが、彼女が道具屋から受けとった金は三百万か四百万であったという話であった。光一は、義母が宝物の一部を売るのを知っていたが、黙っていた。いや、そればかりではない。義母に恋人ができたことを早くから知っていたが、見て見ぬフリをしていたのである。
「ママサンはまだ若いんだからね。それに、あの美貌だもの。ボクみたいの青年にママサンなんて呼ばれる気の毒さ。はやく、ただの女にしてあげたかったのさ。アッハッハ」
と、妙に物分りのよいことを言っていた。そこで目を光らせたのは狂六だ。
「ウーム。してみるてえと、前山一作殺しの犯人は絶世の美女かも知れないなア。それだったら、もう、文句はねえや」
「独断的な推理は止した方がよいですよ。殺人なんか、なかったのかも知れないじゃないですか」
「よせやい。やに物分りのよさそうなことを云うじゃないか。ボクも軽率だったよ。この犯人のすばらしさを忘れていたね。とにかく医者が見ても分らないように殺したのだからね。すばらしいことだよ。このすばらしさを忘れちゃいけないね。そして他に犯人の有りうる状況をつくるために、並木先生の診察を拒否したとすれば、これまさに芸術的な名作じゃないか。こッちは、このウチから追放されやしないかと思って、アブラ汗をかいちゃッたからね。トンマな話だよ。並木先生だの玄斎先生なぞに、こんな芸術的な殺人ができる筈はねえや」
「ハッハッハ。一刀彫の彫刻よりも名作らしいですかねえ」
「生意気云うな」
ところが、ある日のこと、光一の妹のマリ子が会社へ出勤するため急いでるとき、ちょうど朝の散歩に肩を並べていた兄に云ったのである。
「お父さんを毒殺したのは兄さんでしょう」
「よせよ」
「ママサンに恋人ができるように仕向けたのも、ママサンが家出するようにそれとなく智恵をつけたのも、兄さんよ。ママサンの恋人って、兄さんの友達のヨタモノじゃありませんか」
「そうかしら」
「しらッぱくれるわね。兄さんて、慾の深い人ね。そんなにまでして、財産が欲しいのかしら」
「ボクもマリ子クンに一言云っておくけどね。お父さんを毒殺したのは案外マリ子じゃないか
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