たが、紅庵の知人の妹で、今では殆んど身寄りがないと言ふほかには、これも多くを語らなかつた。機会をみて身体に触ると、尠しも逆らはなかつた。罪悪といふ内省が絶えないためか癇癪を起すやうな気分となり、自棄《やけ》じみた荒々しさで無礼なくらゐ露骨に野蛮に蕗子の身体を取扱つても、意志のない人形のやうに自由になつた。その夜更け夢見心持で我が家へ帰つた伊東伴作は、その一夜が白々と明けても、夢見心持から覚めきることができなかつた。全てが実際あつたやうに思はれない気持がつづいてゐた。
翌日の正午頃には、ぢり/\と押へきれない焦燥がつのつてきた。それでも三時頃までは店へでたり又ぶら/\と居間へ戻つて寝ころんでみたりしながら、苛々する時間をつぶしてゐたが、三時の音で立ち上つて蕗子の下宿を訪れた。行つてみると雨宮紅庵がそこにゐて、蕗子と話しこんでゐた。
紅庵は自分の部屋にゐるやうな寛ろぎかたで、すつかり腰を落付けて勿体ぶつて喋つてゐたが、伊東伴作は嫉妬の苦痛を感じなかつた。寛ろいだ話しぶりにも拘らず、その口ぶりにも動作にも紅庵の宿命的な内攻生活から派生する一種陰惨な暗い傷《いた》ましさが漂ふばかりで、蕗子
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