るで試験台に乗せられてゐるやうな気持がした伊東伴作には、一つ一つの気配がピシ/\とこたへた。すると紅庵は、さういふ伊東伴作の内兜《うちかぶと》を見透したやうな穿つた調子で再び言葉をつぎたし、
「一人くらゐ隠し女を持たなかつたら、一人前の男ぢやないよ」
 と、いかにもしみ/″\した顔付で言つたのが、伊東伴作の気にさはつたが、じり/\した気持を起しながらも、伴作の心の流れは紅庵の言葉の魅力に自づと傾きだしてゐた。伴作はさういふ心のまとまりのない廻転に正直に身をまかせ、暫く沈黙に耽つてゐたが、
「ほんとに君はあの女に気がないのかな」
 と、紅庵を冷やかすやうに笑つて言つた。笑つて言ひはしたが、伊東伴作の言葉の奥には甚だ真剣な激しいものが漲りかけてゐて、あれだけの女なら二号にしても悪くはないなと立派な計算が完了されてしまつてゐた。
 それにしても、恋愛といふ面倒な言葉はとにかくとして、あれだけの女なら大概の男が浮気心を起すのは恐らく普通のことだらうから、あの女に気がないと言ふ紅庵は論ずるまでもなく嘘をついてゐるのだと思つた。けれども伊東伴作は紅庵の思惑に気を廻さうとしなかつた。さうすることがた
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