遠慮気分を漂はせながらやつてきた。つまり今後は案内知つた隠宅とはいへ主人伴作の許しを受けない限り滅多に一人で訪れはしないぞといふやうな、鹿爪らしい遠慮気分を生臭いぐらゐプン/\発散させながらぬッと現れてきたのだつた。そこで二人は無論相談するまでもなくやがて連れ立つて蕗子の宿へ歩きはじめたが、歩きはじめたと思ふと紅庵が重大な進言でもする内閣書記官長といつた勿体ぶつた顔付をして妙なことを言ひだした。
「どうだね、二号をただ遊ばせておくといふ不経済な手はないが、商売でも始めさせたら。洋裁とか美容術といふこともあるが、これは店を開くまでに相当修業の時間がかかるだらうしね。喫茶店とかバーといふものはどうだらう? 儲からないまでも損といふことはないものだよ。巧く行けば結構君が遊んで食つて行けるくらゐの繁昌だつて、あながち望めないことではないね。蕗子さんほどの美人なら、あの人ひとりでも相当の客がつくと思ふが……」
 これをきくと、伊東伴作は驚くよりもやや呆れかへつた形で、
「なるほど、それで読めた!」と思はず叫んだほどだつた。
「どうも蕗子の頭からああいふ考へがでてくるのはおかしいと思つたが、それぢ
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