やあ君の意見を受売りしてたんだね。実は昨日蕗子からそつくり君と同じことを言はれたのだが」
「冗談ぢやないよ!」
 と紅庵は飛びあがるほど吃驚して、大袈裟な身振りまで起しながら猛烈に否定した。
「こんなことを言ふのは君だからのことなんだ。いや、もう先から君に内々不満を感じてゐたのだが、どうも君は僕を誤解してゐるよ。君はこのたび如何にも僕が裏へ廻つて何かと策謀してゐるやうにとつてるらしいが、それは甚だ迷惑な誤解だよ。今日のことだつて蕗子さんに訊いてもらへば分ることだが、君だからこそ心やすだてに斯ういふ進言もするわけで、いくらなんだつて君に話しもしないうちに斯んな入れ知恵を秘密つぽく吹き込むものか。いや、これで君の気持がよく分つたよ。どうも先から変な誤解をしてるんぢやないかと疑つてゐたのだ」
「さう大袈裟にとりたまふな……」
 と、こんどは伊東伴作の方で紅庵の大袈裟な気勢に少々驚きながら、おさへて言つた。
「僕がさつき君の言葉をきいて面喰つたのは、君が蕗子に入れ知恵をしたといふ事柄に就てではなく、昨日の蕗子の意見がどうやら蕗子自身の頭から出たものではないらしいといふ理由からだよ。なにしろ昨日
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