年くらゐで独立できるやうになるわね。私だつてその気で勉強すれば一人前のことは覚えられると思ふわ。おでん屋とか喫茶店だつていいのよ。とにかく自分の生活費ぐらゐ自分でなんとかしたいのよ」
伊東伴作は吃驚した。この女でも自分の力で生きたいやうな能動的な生活慾があるのかと思つた。あたりまへの奥方とか二号といふものに納まつて至極ぼんやりと暮すだけで、ほかに慾も根気もないのだと思つてゐたのだ。
「君でもそんな激しい生き方がしてみたいのか?」と伊東伴作がやや驚いて蕗子の顔を見直すと、
「あたしだつて――」
と蕗子が紅潮した顔をあげて、その言葉を掴みだすやうな激しいものを感じさせながら、
「命もいらないやうな激しい恋愛がしてみたいと思ふわ」
と答へたので、伊東伴作は益々もつて面喰はずにゐられなかつた。そろ/\自分の国を出外れて、よその国へ踏み迷つてきたやうな勝手の違つた感じさへしはじめたが、面喰つて戸惑ふよりも、どうやら陶然とするやうな何やら一脈爽快味のある異国情趣に打たれたことも否めなかつた。
ところがその翌日、伊東伴作が蕗子の宿を訪れようと思つてゐるところへ、雨宮紅庵が外面だけは相当逞しい
前へ
次へ
全34ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング