るまいと言はなければならないから、そこで蕗子を他人の手で堕落せしめるといふ手段によつて秘かに医《いや》されぬ自らの情慾を慰めようといふ斯様に変態的なカラクリがひそかに作用いてゐたのではあるまいか? かうまで整然たる筋を具へた心のカラクリではないにしても、もつと曖昧模糊たる異体《えたい》の知れぬ混沌状態に於てなりと、とにかく蕗子を他人の手をかりてまでも堕落せしめ、情痴の坩堝の中へ落し、かうして炎上する芳醇な又みだらな気配を飽かず眺めることによつて、自らの医し難い情慾をひそかに慰めようといふ、さういふ変態的なカラクリが潜在したであらうことは必ずしも言へないことではないやうだつた。或ひは又、無能者を良人に持つ美貌の一女性が医されぬ性慾に身悶えして道ならぬ恋に走るといふ、必ずしも蕗子に限つたことではなく、従而《したがつて》紅庵自身に直接何等の関係はなくとも、単にさういふ事柄のもつ何やら息づまるやうなあくどい情慾の雰囲気だけが已にして彼に好ましかつたのかも知れない。所詮雨宮紅庵は何時に限らず自身の恋を自身のものとして完成することはできさうもない男であつて、他人の恋を垣間見てもそれが忽ち己れの秘密
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