が拒絶することを見抜いておいて、恰好だけでもつけておくために言つたことかも知れないけど、私の方ぢやそんなことをあの人に言つた覚えもなし日頃考へた記憶さへないほどなんだもの、ほんとに吃驚しちやつたわ」
「それぢや君のハズつて人は、西沢といふ詩を書く人ぢやないのか?」
「ええ、さう。知つてるの?」
「フウム」と伊東伴作は思はず心の中に唸つた。
「君のハズの話は、それから君の話も、かれこれ一年ぐらゐ前から度々紅庵にきかされてゐたよ。つまり亭主が無能者で、女房の方は勿体ないほど綺麗なんだが、肉体のほんとの快楽を経験しないせいか無意識には相当ヂリ/\した不満を感じながら、それが性的な原因から来てゐることにさへ気付かないやうだと言ふんだね。あのままにしておくのは勿体ないから大胆に本能的な生活をするやうにと勧めてゐるが、といふやうなことを言つてゐたが、それぢやなんだね、紅庵はもうその頃から君の家へ繁々通つてほんとに浮気を奨励してゐたわけか。さういへばあの当時も、どうだい二号にするつもりなら世話をするがといふやうなことを、これは冗談半分だつたが、きいたやうにも覚えてゐる……」
伊東伴作の脳裡には、今
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