後は留守のうちに紅庵が来たといふ形跡もなかつたやうだし、蕗子の方から紅庵に引越先を教へてやつたならとにかくとして、道に待ち伏せたうへ伴作の後をつけて行先を突きとめたとしか思はれない形跡から考へてみても、前後の様子が曖昧至極になるばかりで、筋道が立たず、腑に落ちないことばかり多いのだつた。騙され方の筋道が通らないので、腹の立ちやうまで煮えきらないやうになつてくるし、さういふ腹の立て方まで癪にさはつてくるのだつた。
 すると三日目に、雨宮紅庵がのこ/\現れてきた。
「君が蕗子を隠したのだらう。分つてゐる。なんのための小細工なんだい? 僕のあとをつけてきてアパアトを突きとめたことも分つてゐる」
 雨宮紅庵の顔をみると矢つ張りやつてきやがつたといふガッカリしたやうな気持の方が先に立つて、腹の立つことまで薄らいだのだが、とにかく改めて怒りを燃やしながら詰《なじ》つた。
「実はそのことで来たんだよ。びつくりしたらうと思つて、早く君に知らせやうと思つてゐたが、生憎の用で来れなかつた。実は今日もまだ色々と忙しい用があつて……」
 紅庵はひどく周章ててしどろもどろの言ひ訳をしたが、腹の底では伊東伴作が本
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