、それから将棋をさしはじめる。一応人の心はよく分り、特に秀吉の小さな自我に虐げられ痛めつけられた人の不満はよく分つた。彼はそれらの犠牲者達に、たとへば戦功がありながら鬼才を憎まれて恩賞のない黒田如水に自分の所領から三千石の沐浴料をさいてやつたり、不運不遇の大小名に秀吉の間違ひを修正する意味で黄金を与へたり領地をやつたりする。彼は秀吉の小さな欠点を修正して、それとは別なところにある秀吉の大きさよりも、自分を大きく感じて満足した。彼は古《いにしえ》の武将の書き残したもの逸事などから、秀吉にない素質を見ると大袈裟に感動し、つまらぬ武将の一面を賞讃して秀吉への否定をたのしんでゐた。その秀吉への反逆は憎悪と軽蔑で表されてゐたが、内心は秀吉の大きな影に圧倒せられ、力量の完全なる敗北感と、そして偉大なる魂に甘へる心、秀吉の大きな慈愛の抱擁と認められ愛され賞讃されたい悲しい秘密でみたされてゐた。彼すらも悲しい秘密に気付くことは稀だつた。そして秀吉への対立感と、秀吉の小さな自我への軽蔑によつて、憎み否定し満足してゐた。
 文事や風流への傾倒にも秀吉を修正する満足があつた。然し人々は彼が秀吉の小さな欠点を
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