の海路輸送の制海権を失つたから、釜山航路がひとつだけ、こゝへ陸揚げして陸路京城へ運送するには車が足りない馬が足りない人手が足りない。日本軍の過ぎるところ掠奪暴行、威令は行はれず、統治管理の方針がないので、人民は逃避して、畑には耕す者がなく、町々の家屋には人影がなく、徴発の食糧も人手もなかつた。全軍栄養失調で、太平洋の孤島へ進出した日本軍と同じこと、冬があるだけ苦痛が一つ多かつた。
始めのうちは名護屋へつめて戦果に酔つてゐた秀吉も、一度京坂の地へ引きあげると、もう名護屋へ戻る気がしなかつた。西の空を思ひだしても不快であつた。
秀頼が生れた。
生れた秀頼をいつぺん捨子にして拾ひあげるのは長生きの迷信で、拾つた子供だから俺の子供ではない、そもじもさう思はねばならぬと淀君へ宛てゝくどく手紙をかく秀吉であつた。閻魔をだますに余念もなく、子への盲愛が他の一切の情熱に変つた。
秀吉の切望は秀次の関白を秀頼に譲らせたいといふことだ。生れたばかりの秀頼を秀次の娘(これも生れたばかり)と許婚の約をむすばせる。そのとき秀次は熱海に湯治の最中であつた。そこへ使者がきて秀吉の旨を伝へたが、勝手にするがい
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