すたび日に幾度となくギャアと泣いて気を失ふ。食事も喉を通らず、たまたま茶碗をとりあげても、鶴松を思ひだすと茶碗をポロリととり落してこぼれた御飯へ顔を突つこみギャアと泣いて俯伏《うつぶ》してしまふ。
お通夜の席で秀吉は黙祷の途中にやにはに狂気の如く髷《まげ》を切つてなきがらにさゝげて泣きふした。つゞいて焼香の家康が黙祷を終つて小束《こづか》をぬいて大きな手で頭を抑へてヂョリヂョリとやりだしたので一座の面々目を見合せた。各々覚悟をかためて焼香のたびに髷をきる。天下の公卿諸侯が一夜にザンバラ髪になり、童の霊前には髷の山がきづかれた。
秀吉は翌朝有馬温泉へ発つた。家にゐては思ひだして、たまらない。秀吉が頭を円めて諸国遍歴に旅立つさうだといふ噂が世上に流れた。有馬の滞在三週間、帰城して即日朝鮮遠征のふれをだした。悲しみに気が狂つて朝鮮遠征をやりだしたと大名共まで疑つたほどだ。
朝鮮軍は鉄砲を持たないから戦争は一方的で京城まで抵抗らしい抵抗もなく平地を走るやうなものであつたが、明の援軍が到着すると、さうはいかない。対峙して一進一退、戦局は停頓する。日本海軍は朝鮮海軍の亀甲戦術に大敗北、京城へ
前へ
次へ
全19ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング