れた堰の激しさがその激しさの切なさ故に自らむせぶ心の影のくるめきに過ぎなかつた。一週間。その時間が切られた堰の逆上的な奔騰に達するまでの時間であつた。五人の使者がでた。使者の一人は戦場名うての豪傑の大名だつた。喚問に応じなければその場で秀次の首をはねる役だつた。さうすれば彼もその場で腹を切らねばならぬ。豪傑も慌てゝゐた。道の途中に知人のまんじゆう屋があつた。そこへ馬を寄せて形見の小袖をやり家族へ遺書を托して馬を急がせた。然し秀次は素直に応じた。豪傑は又まんじゆう屋の店へ寄り、さつきは失礼、いやどうも今日は天気のまぶしいこと、豪傑は汗をふいた。
 秀次は登城する、秀吉は会はなかつた。もはや会ふにも及ばずと口上を伝へ、即刻高野へ登山すべしと云ふ。秀次は観念して直ちに剃髪、袈裟をつけて泊りを重ねて高野へ急ぐ。切腹の使者があとを追つた。
 秀吉の一生の堰が一時にきられた。奔流のしぶきにもまれて彼のからだがくる/\流れた。耳もきこえず、目も見えず、たつた一つのものだけが残つてゐた。秀頼。秀頼。秀頼。彼は気違ひだつた。秀次の愛妾達とその各々の子供達三十余名が大八車につみこまれ三条河原にひきだされて
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