大部隊を放さなかつた。いつ殺されるか分らない。然し、殺さなければ殺されない、その希ひは益々必死に胸にはゞたき、見つめる虚空に意外な声があふれでた。叔父さん、私はあなたを愛してゐます。こんなにも切なく。私のやうな素直な弱い人間を。神様。

          ★

 秀吉は大度寛容の如くであるが、実際は小さなことを根にもつて執拗な、逆上的な復讐をする人だつた。千利久も殺した。蒲生家も断絶させた。切支丹禁教も二隻の船がもとだつた。その最後の逆上までに長い自制の道程があり、その長さ苦しさだけ逆上も亦強かつた。
 秀吉は大義名分を愛す男であつた。彼は自分の心を怖れた。秀頼への愛に盲《めし》ひて関白を奪ふ心を怖れた。人の思惑はどうでもよかつた。自分をだますことだけが必要だつた。能の嫉妬は憎悪の陰から秀頼の姿を消した。その憎しみにかこつけて、あらゆる憎悪が急速に最後の崖にたかまつてゐた。
 彼は突然世上の浮説を根拠にして秀次の謀叛に誓問の使者をたて、釈明をもとめた。秀次はその要求に素直であつた。直ちに斎戒沐浴し白衣を着け神下しをして異心の存せざる旨誓紙を書いた。彼は必死であつた。生きねばならぬ一念
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