けが見たい為のことであり、その忠勤の心差《こころざし》一つで益々所領をとらしてやりたい微意であつた、と語りながらポロ/\と涙を流した。
 秀次ははからざる秀吉の嫉妬と憎悪に心が消えた。この招待の返礼に、そして太閤の意外な憎悪のつぐなひのために、善美のかぎりの饗宴へ招きたいと思つた。秀吉も承諾したので、あれこれ指図して待ちかまへると、当日になつて、今日はだめだが、明日にしようといふ。その日になると、又、明日だ、と言ふ。その明日も亦《また》今日はだめだといふ返事で、そして最後に当分延期だと流れてしまつた。秀吉の目の消えぬ憎悪が伝へられる返事の裏から秀次に見えた。やがて憎悪は冷笑に変り、血に飢えてカラ/\笑つて見えるのだつた。秀次の心には憎悪と戦慄が掻き乱れて狂つたが、殺さなければ殺されない、その秘められた一縷の希ひも絶望にすら思はれた。彼はむやみに人を殺した。深酒に酔ひ痴れ、荒淫に身を投げ沈鬱の底に重い魂が沈んでゐた。彼の心は悲しい殺気にみちてゐた。彼は武術の稽古を始めた。秀吉を殺すためのやうであつたが、襲撃にそなへ身をまもるための小さな切ない希ひであつた。出歩く彼は身辺に物々しい鉄砲組の
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