重い目をしないように、町外れの最後の店で仕入れようという次第で、彼から最後の店の所在をきいてきていたのである。家から持って出たのは書物と衣類とカンヅメだけであった。
一夏の食料を買いこむと、大変なカサになった。米、ミソ、醤油、アズキ二貫目、砂糖、塩、ジャガ芋、カボチャ、キャベツ、等々。全部はリュックに入らないから、野菜類は二ツの南京袋に入れて縄でくくって、リュックの両側へぶらさげた。
アズキ二貫目はなんのためかと云うと、私は無性者であるから、なるべく炊事の手間を省きたい。美食せずとも、生き永らえるだけの食物をなるべく簡単に食えればタクサンだという天性のナマケ者であるから、米を炊くと、オカズが必要である。主食とオカズ、二度三度と手間が多い。ところがアズキは主食とオカズを兼ねたようなもので、ユデアズキに砂糖をぶっかけてそれだけで一食すませることができる。実にカンタンであるから米食とアズキ食と一日交代にやったら、生命に別状もなく、アズキの日は手間が省けて助かるだろうというコンタンなのである。
私はカボチャが好きではないのだが、保存のきく野菜はカボチャだと店の者が教えてくれたから、カボチャも買った。好き嫌いよりも、面倒を省くのが目的であったが、結局カボチャは一度も食べなかった。嫌いな物は、食いたくならないのは、当り前だ。
とうとう、ここで十貫目ぐらいの荷物ができてしまった。雨は益々物凄く、この山中に四百ミりだか五百ミリだかの大雨が降った当日で、この雨と荷物のおかげで、死に損いもしたし、危く命が助かりもした。
日陰和田まで歩く。谷川がある。そこに狸を祭った祠があって、そこから山の中へ谷に沿うて曲りこむのである。私は里の人に狸のホコラ、狸のホコラ、と聞きながら歩きすすんでいたから、怪しい顔でジロジロと見られ、とうとう巡査がドシャ降りをついて自転車で追っかけてきた。私から事の次第をきいて納得し、狸のホコラまで案内してくれたが、彼は自転車をひっぱりながら急ぎ足で突き進むから、重い荷を背負った私は、彼に足を合せるために疲れきってしまった。すでに狸のホコラまでで精根つきた感があった。
ここから、いよいよ山中にはいる。谷に沿うて行くと丸木橋が渡してある。それを渡って登ると、彼の山小屋へ辿りつける筈なのだが、このドシャ降りで丸木橋が流失したということを、気付くのがおそすぎた。
谷に沿うて小径を登りつめると、山径は谷と区別がつかなくなる。道自体が岩であるから、ドシャ降りが山から流れて径を流れ落ち、道だか谷だか分らない。そして、そのうち、まったく、谷になってしまう。やむなく、径の岐路まで戻ってきて、別の一方を登りはじめる。これも道だか谷だか分らなくなって、しまいに谷以外の何物でもなくなる。
すべての道はローマに通じなくとも、里から里へ、いずれは人の居るところへ通じるのが当り前だが、山の径だけは、ダメです。木コリだけの歩く径が主で、どこにも通ぜず、山の奥で自然消滅するのである。どの径を歩いても丸木橋は現れず、径は山中で自然消滅してしまうから、私もようやく、丸木橋が流失したと悟った。しかし、丸木橋のあった場所の対岸に小径があるはずだから、それを探せば山小屋へ行けると気がついたが、この対岸の小径は彼だけの私用の径で、木コリも通らず、一年半も留守にしているから、径の姿を失っていたのである。だんだんタソガレがせまってきた。私の精根はつきた。そして、アッと思った時には、足をふみすべらして、深い谷底へ墜落してしまった。
私は谷底へ落下しながら、アア、いよいよ死ぬのか、なんだ、死ぬ時は、こんな気持なのか、と一瞬のうちに思った。私の頭に閃いたことは、それだけだった。そして、なんでもないもんだナ、と思った。なんでもない筈である。疲労コンパイ。その極に達して、あらゆる力を失ったというアゲクに自然に谷底へ落ちたのである。
ところが、私は死ななかった。それどころか、怪我一つしなかった。十貫目のリュックサックのオカゲである。私は岩の上へ落ッこったが、実はリュックサックの上へ落ッこったような結果になった。落ッこったところから傾斜がはじまり、次に私はその傾斜をゴロンゴロンと、ひどくユックリと谷底までころがって行った。私に少しでも精根があれば、傾斜の途中でいくらでも止ることができたのだが、まったくもう一片の意志も抵抗も浮びあがらないのである。今度こそ死ぬな。なんでもないもんだな、死ぬ時というものは、と私は又思った。そしてゴロンゴロンところがり、最後に再び一丈ほど墜落して、谷川へはまってしまった。
谷の岩と岩の間の深間のところへスッポリ落ちたのである。
又、死ななかった。一尺でも場所が狂うと、私は死んだのであるが、実に巧いところへ落ちたもので、岩と岩の間にリュックサッ
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