が、その後の成行については、まだ聞いていない。Iさんが大人げないと断念したのなら、まことに残念だ。芥川賞事件も殺人から民事事件に及んで、誰がワガママ身勝手であるか、ワカラズ屋は誰であったか、その足跡正体をおのずから筆の内外に叙述するとすれば、日本の文運、これによって隆盛をきたすこと明かである。画伯才媛通人いりみだれて虚実をつくすの壮観、オオ・ミステイクの不良少年少女が手記をものするのとちがって、品格あり、誰の眉をひそめさせるということもない。
しかし「トマサン」という人の一生は日本人には珍らしい。あれを素材にして一篇の小説を書いてみたくなるほどである。もとより女学生時代の由起しげ子はトマサンの往時については空想的にしか知るよしもなく、偶然|巴里《パリ》で一夜顔を合わせた程度で、トマサンの為人《ひととなり》を理解できる筈はない。
しかし、「トマサンの一生」に於て、彼女が悪役のイケニエにナマで供せられている如く、彼女の小説中に於て、彼女の姉夫婦が超特別の善人待遇であるに反して、トマサンの悪役待遇はナマの感情をムキダシに、やはり血のイケニエではある。
二ツの作中のトマサンにたった一つの
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