共通しているところは、離婚はトマサンの意志ではなくて、トマサンはその母や姉の意にしたがったらしいということ。由起しげ子がそれを信じているかどうかでなく、とにかく彼女の死せる姉はそう思っていたらしい。あるいはトマサンにそう「思わせられた」のかも知れず、菅原通人とてもトマサンにまんまとそう「思わせられた」と疑ることができないわけではない。人間の一生には、銘々がみんなそれぐらいのウソをのこして墓へしけこむものではある。それぐらいのウソはまことに可憐千万であり、当事者以外は腹を立てる筋合のものではない。
 私はトマサンなる遊び好きの旦那が、自分の意志でもなく肉親の意にしたがって愛する女房を離絶し、その後は悶々として、一生女房の面影を忘れ得なかったなどというのは、てんで信用ができないのである。トマサン自身がそういう甘さを愛して、その伝説の中に自ら籠城したのかも知れないが、人間というものは、本人が自らそう思いこむにしても、そう思いこまない半面の人生も併存し、決してそんなに甘い人間が実在するものではない。
 かりにこれが事実とすれば、この殺人事件の犯人は、本人の意志でもないのに恋女房を離婚させた肉親
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