あろうと、悲しかりしトマサンの生涯に何のかかわるところあらんや。
トマサンこそはタラスコンのタルタランに、さらに身にあまる情慾の鬼を住ませたごとくに、自らも始末につかず、変幻奇怪で、おぼつかない。恋情の真たるや偽たるや、影なるや、夢なるや、よく知ってもいるし、なんにも知らなくもある。すべてに執着の念断ちがたく、すべてに諦めてもいる。どこに本当の自分がすんでいるのか、トマサンも知らないのだ。なぜ死んだか、本人だって分りやしないんだ。生きているのが、いつも精いっぱい、ふくらみすぎてオボツカナかったのにくらべると、死ぬ時の方がよっぽど単純で清々していたらしいや。鎌倉四十七士が義に勇み、仇討ちにでかけることはないなア。
おまけに相手が女の子たった一人。自由都市鎌倉の地に於ては、新憲法以来、男の子が殺気立っているらしいや。
「どうも、女という奴は……」
鎌倉の山々の杜から、男という男の咒いが妖雲となって、立ちのぼっている。
「カンベンならねえ」
しかし、あなた方が円覚寺へ参禅したって元のモクアミだが、女はすでに竜と化していますぞ。女は元々気魄も猛く、武術の心得も深いものだ。殺人剣を会得し
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