と、なさけない限度を心得ているからである。
 芥川賞の委員会で、佐藤春夫さん、岸田国士さんの選者ぶりが、一番私にはおもしろい。お二人ともリリックな、その作品の幅は狭い方々だが、選者としての目が非常にひろいのが、好ましいのである。佐藤さんの弟子はたいがい先生に似ておらず、非常に雑多であるが、選者としての佐藤さんも、まことに不偏不党、目がひろい。
 岸田さんときては、いつの委員会でも、みんなうまい、実に小説が上手だ、どれといって、実に、こまった、と云って、常にことごとく感心して選ぶのに悩みぬいていらッしゃる。素質ある芸術家は、他人のどんな小さな素質にも感心するのが当然で、岸田さんの素質のすぐれていることを証しているのだろうと私は思う。
 芥川賞にはもれても、立派な素質がある人は世間の目にもれないようにしてやりたい、ということ、それだけの義務はつくしてあげたいということは、ハッキリ考えているのだから、弟子になりたいなどと私のところへ押しかけてくる必要は毛頭ないのだ。弟子である必要はない。よい作品を書く人を世にだすことは、私のささやかな仕事の一つと思っているから。私は弟子を愛さない。よい素質と
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