モリでいたのである。
ところが、彼女をその母の家から誘いだして、銀座で食事中に、腹痛を訴えた。医者に診てもらうようにすすめたが、イヤがるので、私の家につれてきて、頓服をのませて、ねかせた。一夜苦しんでいたのだが、苦しいかときくと、ニッコリしてイイエというので、私は未明まで、それほどと思わなかった。超人的なヤセ我慢を発揮していたのである。私が未明に気附いた時には、硬直して、死んだようになっていた。
このとき来てくれたのが、南雲さんであった。もっと近いところに二三医者がいたが、ヤブ医者のくせに、未明の往診に応じてくれなかった。この時が南雲さんとの交渉のハジマリだが、私のためにも、女房のためにも、幸運であったと云えよう。そして、南雲さん以外の医者は、たぶん女房を殺したであろう。なぜなら、手術に一時を争う状態であるのに、この界隈では、南雲さんのほかに手術室をもつ医者がなかったからである。
女房は腹膜を併発して一月余り入院し、退院後も歩行が不自由なので、母のもとへ帰すわけにいかず、私の家へひきとって、書斎の隣室にねかせて、南雲さんの往診をうけた。やがて、人力車で南雲さんへ通うことができるよ
前へ
次へ
全23ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング