モリでいたのである。
 ところが、彼女をその母の家から誘いだして、銀座で食事中に、腹痛を訴えた。医者に診てもらうようにすすめたが、イヤがるので、私の家につれてきて、頓服をのませて、ねかせた。一夜苦しんでいたのだが、苦しいかときくと、ニッコリしてイイエというので、私は未明まで、それほどと思わなかった。超人的なヤセ我慢を発揮していたのである。私が未明に気附いた時には、硬直して、死んだようになっていた。
 このとき来てくれたのが、南雲さんであった。もっと近いところに二三医者がいたが、ヤブ医者のくせに、未明の往診に応じてくれなかった。この時が南雲さんとの交渉のハジマリだが、私のためにも、女房のためにも、幸運であったと云えよう。そして、南雲さん以外の医者は、たぶん女房を殺したであろう。なぜなら、手術に一時を争う状態であるのに、この界隈では、南雲さんのほかに手術室をもつ医者がなかったからである。
 女房は腹膜を併発して一月余り入院し、退院後も歩行が不自由なので、母のもとへ帰すわけにいかず、私の家へひきとって、書斎の隣室にねかせて、南雲さんの往診をうけた。やがて、人力車で南雲さんへ通うことができるようになったが、部屋の中で靴をはいて纏足の女のような足どりで、壁づたいに一周したり、夜更けに靴をだきしめて眠っているのを見ると、小さな願いの哀れさに打たれもしたが、それに負けてはいけないのだ、という声もききつづけた。
 しかし、こういう偶然を機会に、女房はズルズルと私の家に住みつくことゝなったのである。
 私は、しかし、不満ではなかったと言えよう。彼女の魂は比類なく寛大で、何ものに対しても、悪意が希薄であった。私ひとりに対してなら、私は苦痛を感じ、その偏った愛情を憎んだであろうが、他の多くのものにも善意と愛情にみちているので、身辺にこのような素直な魂を見出すことは、時々、私にとっては救いであった。
 私のようなアマノジャクが、一人の女と一しょに住んで、欠点よりも、美点に多く注意をひかれて、ともかく不満よりも満足多く暮すことができたというのは、珍しいことかも知れない。
 女房は遊び好きで、ハデなことが好きであったが、私に対しては献身的であった。ふだんは私にまかせきって、たよりなく遊びふけっているが、私が病気になったりすると、立派に義務を果し、私を看病するために、覚醒剤をのんで、数日つききっている。私はふと女房がやつれ果てていることに気附いて、眠ることゝ、医者にみてもらうことをすすめても、うなずくだけで、そんな身体で、日中は金の工面にとびまわったりするのであった。そして精魂つき果てた一夜、彼女は私の枕元で、ねむってしまう。すると、彼女の疲れた夢は、ウワゴトの中で、私ではない他の男の名をよんでいるのであった。
 私は女房が哀れであった。そんなとき、憎い奴め、という思いが浮かぶことも当然であったが、哀れさに、私は涙を流してもいた。
 私は、よい仕事をしたいとは思っているが、聖人になりたいとは思っていない。
 女房は私に対して比類なく献身的であるが、それは経済的に従属しているためで、私から独立して、今の程度の生活が営めるなら、私に従属することはないだろう。そして、私よりも堂々と、浮気をするかも知れない。
 私は、しかし、そのことを口実にして、私の浮気の弁護をしているワケではない。私は数ヶ月、門外にでず、仕事に没頭する代りには、いったん家をでると、流連、帰るを忘れるような無頼の生活にふけることも多い。そういう時の借金で、数ヶ月門外不出の勤労も、今もって客人用のフトン一枚買うことができなくなってしまうのである。
 女房はまだ知らないが、私は子供を生まなかったことによって、女房を祝福しているのである。変な賭はしない方がいいのだ。私のような人間の場合は。私は女や犬の仔を選ぶことはできるが、生れてくる子供を選ぶことはできない。うまく私の気に入る子供が生れてくればよいが、さもないと、女房も子供も不幸になるだけだ。こんな因果物的な賭は、私自身も好んでしたくはないのだ。
 恋愛などというものは、タカの知れたものである。夢であり、さめる性質のものでもある。私は元来物質主義者だ。精神などというものも、物質に換算できる限り、換算して精算した方が、各人に便利でもあり、清潔でもあるし、幸福でもあると考えている。クサレ縁などというものは好まない。クサレ縁を人情で合理化しようというような妖怪じみた頭脳の体操は好まないのである。
 男女関係は別してそうだ。夫婦でも、子供でも、義理人情クサレ縁よりは物質に換算した方が清潔で各人に幸福なのだと思っている。私は女房と離別することに躊躇はしない。このことは、女房に子供が生れたところで変りはない。私は子供の養育費と、女房の生活費に換算して支払う。税務
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