月はじめの海よりも、あたたかい。温度がなかなかさめない代りには、いったんさめると、なかなか温まらないのじゃないかと思われる。八月の中ごろに海水の温かさは頂点に達し、ゆっくり冷えて行くのである。私はこういうバカげたことを、経験によって知るようになった。天性冷えていたのである。
去年から伊東の温泉地へ住みついたので、旅館はとにかく、家庭風呂は、湯はあれども、水なし。かくて水風呂は終りである。
水風呂が終りをつげたので、女房がニンシンするという事態を生ずるに至ったのかな、とも考えた。しかし、いったん失われたものが、再び生じうるであろうか。疑問。
こういう年来の事情があるところへ、疑えば疑うこともできるようなイキサツなどもあったから、私の子供ではないような気がした。三日間ぐらい、そのことで、思いふけった夜があった。たしか、三日間ぐらい、である。それ以上ではなかったようだ。
その疑いつづけた三日間ですら、私はダタイさせようという気持にはならなかった。
そして、私は、一度だけ、女房に云った。
「オレの子供じゃないだろうと疑っているのだ」
「疑ってるの、知ってたわ。疑るなら、生まないから。ダタイするわ」
「ダタイするには及ばないさ。生れてくるものは、育てるさ」
「誰の子かってこと、証明する方法がある?」
「生れた後なら判るだろう。血液型の検査をすればね」
私はこう云い残して、催眠薬をのんで眠ってしまったから、女房が泣いたか怒ったか、一切知らない。
そして、この問題は、それで打ちきってしまった。
しかし、その翌日からの女房はケロリとして、落着きはらっていた。誰の子か科学的に証明する方法があると知って安心したのかも知れないし、誰の子にしろ、自分の家で生れたからには、若干うちこんで育てる気持もあるらしい私の思いを見ぬいて安心しているのかも知れなかった。
私は半年ほど前にも、女房の前夫の子供をひきとるか否か、一週間ぐらい考えたことがあった。その子供は女房の母のもとに育っていた。五ツぐらいだろう。別に女房がひきとってくれと頼んだワケではないが、折にふれ子供を忘れかねている様子がフビンであったからである。
しかし、一日、遊びにきた子供を観察して、愛す自信がなかったので、やめることにした。
「愛す自信があれば育てるつもりだったが、自信がないから、やめた」
「頼みもしないのに
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