をたたかわしたが、敵する者が一人もなかったので、はじめて定住の気持を起した。そして山中尚武の地、上野を選んで住んだ。上州に土着しての名を、藤井右門太という。天保元年、勢多郡で死んだが、年百六十八という。多分に伝説的で、神話化されているけれども、天保といえば古い昔のことではない。墓もあれば門弟もあり、その実在は確かなのである。
 法神の高弟を三吉と称する。深山村の房吉、箱田村の与吉、南室村の寿吉である。これに樫山村の歌之助を加えて四天王という。この中で房吉がずぬけて強かった。
 房吉は深山村の医者の次男坊であったが、小さい時に山中で大きな山犬に襲われた。犬の勢いが鋭いので、逃げることができないが、手に武器がない。犬の身体は柔軟でよく回るから、素手で組みつくと、どう組み伏せても噛みつかれて勝味がない。小さいながらも房吉はとッさに思案した。敵のお株を奪うに限ると考えて、やにわに犬のノド笛にかみついたのである。そして犬のノドを食い破って殺してしまった。血だらけで戻ったから家人がおどろいて、
「どうしたのだ」
「これこれで、犬を噛み殺してきました」
「ケガはないのか」
「さア、どうでしょうか」

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