身体の血を洗い落してみると、どこにもケガをしていなかった。祖父の治右衛門は法神の指折りの門下であったから、孫の剛胆沈着なのに舌をまき、剣を仕込むことにした。上達が早くて自分では間に合わなくなったから、法神に託したのである。
この房吉、ただの腕白小僧と趣きがちがって、絵や文学を好み、それぞれ師について学ぶところがあり、若年のうちから高風があった。しかも剣の鋭いことは話の外で、彼の剣には目にもとまらぬ速度があった。師の法神は房吉の剣を評して、
「彼は白刃の下、一寸の距離をはかって身をかわす沈着と動きがある。これはツバメが生まれながらに空中に身をかわす術を心得ているように天性のものだ。凡人が学んでできることではない」
といっていた。しかし彼には天分があったばかりでなく、人の何倍という稽古熱心の性分があった。免許皆伝をうけて後も怠ることなく、師の法神が諸国の山中にこもって剣技を自得した苦心にならい、霊山久呂保山にこもってまる三年、千日の苦行をつんだ。苦行をおえて戻った時に、彼の筋肉は師の法神のそれと同じくあらゆる部分が力に応じて随意に動くようになっていた。つまりどこにも不随意筋というもの
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