らせたいと願うような大志も結構ではありますが、小さな死処に心魂をうちこむこと、これも人の大切な生き方だろうと思います。好んで死につくわけではありませんが、満足して小さな死処についたつつましいところを地下の法神先生もよろこんで下さるかと思います」
その決心は磐石のようだ。とうてい房吉の決意をひるがえす見込みはないから、先方をうごかす以外に仕方がない。そこで薗原村の大庄屋惣左衛門にたのんで、伊之吉をうごかすために仲裁の労をたのんだけれども、あくまで心のねじけている伊之吉はてんで耳をかそうとしない。惣左衛門も呆れて、
「私の村からお前さんのような悪者がでては、私はもう世間様に顔向けできない気持だね。そんな奴がのさばるぐらいなら私はさっさと死にたいから、私の首を斬っておくれ」
「そんな薄汚い首と引き換えにこッちの首が落ちては勘定が合わないね。しかし、せっかくの頼みだから、お尻でも斬って進ぜようか」
「なんという失礼な奴だ」
「アッハッハ。剣と剣の勝負、あなた方が余計な口だしは慎しんでいただきたい」
仲裁の見込みもなかった。
★
天保二年、三月十一日、夜八時。房吉は
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