かりでなく、その人柄も万人の師たる高風があり、里人に厚く慕われている立派な人だそうだ。さればこそ法神流が流行するのだ。自らの至らぬことをタナにあげて人を嫉んではならぬぞ」
 鹿蔵をきびしく戒め、自身房吉を訪ねて門弟の不埒を深謝したことがあった。剣ではこの土地で別格の名門たる念流の当主ですらこのように謙虚な心で剣に仕えている。これが上州の百姓剣というものだ。その太刀はあくまで鋭く、その心はあくまで曇りなきものでなければならなかったものなのだ。
 この土地では剣客の心がこのように謙虚に結ばれているのが例であるのに、伊之吉と山崎孫七郎の無理無法、房吉自身の仕える剣とは余りにも相容れない邪剣邪心、腹にすえかねたから、かかる邪剣の横行を許して剣の聖地を汚してはならぬと房吉は堅く心に決するところがあった。この決意を妻と舅には打ち明かして、
「敵は剣客の名を汚す卑劣漢、弓矢鉄砲を用いても私を討ち果す所存でしょう。私は一死は覚悟いたしております。ただ卑劣漢に一泡ふかせ、弓矢鉄砲も怖れぬ正剣の味を思い知らせてやるだけで満足です。小さな人間一匹がむやみに大きな望みをもつのを私はむしろとりません。剣に神を宿
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