ジ、これも法神の門弟だ。この山中で茶店をひらくからには、腕もたち、よく落着いた人物で、腰低く進みでて、
「武芸者が勝負を所望するにフシギはございませんが、ごらんのように相手はただいま湯治から帰宅の途中。おまけに女房まで連れております。いろいろ申し残すこともありましょう。後々までの語り草にも、日を定めてやりましたなら、一そうよろしいようで」
「房吉は逃げはすまいな」
「はばかりながら法神大先生の没後、法神流何千の門弟を束ねる房吉先生です。定法通りの申込みをうけた立合いに逃げをうつようでは、第一法神流の名が立ちません。私も法神流の末席を汚す一人、流派の名にかけても、立ち合っていただきます」
房吉先生も覚悟をきめた。法神先生の眠るこの土地で勝負を所望されて逃げるようでは地下の先生にも申訳が立たない。敵は卑劣な策を弄してまでも勝をあせっている様子、それを承知で立ち合うのも大人げないようではあるが、所詮剣をひいてくれる見込みのない相手のようだ。こういう相手に対しては結着をつける以外に仕方がない。そこで心を定め、
「茶店の主人の申す通り、定法にのっとり、日時を定めての上ならば御所望通り試合に及び
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