ましょう。明日はいかがでしょうか」
「しからば明日夜分の八時と定めよう。中沢伊之吉の邸内に於て試合いたそう」
「承知しました」
「そうときまって結構でした。私のような者の言葉をききいれて下さいましたお礼に、皆様に一杯差上げたいと存じますが、房吉先生は一足先におひきとり下さいまし」
茶店のオヤジの巧みなとりなしで房吉夫婦は無事帰宅することができた。噂はたちまち村々にひろがり、伊之吉方には弓、槍、ナギナタのほかに十数丁の鉄砲まで用意があるということが知れ渡ったから、房吉の親類門弟参集して、
「法神流の名も大切だが、狂犬のようなものを相手に無益に立ち向うこともない。ここは一時身を隠して、彼らの退散を待つ方がよい」
「せっかくですが、今度だけは腹をきめました。何もいって下さるな」
房吉、強いて事を好むような人物ではなかったのだが、誰しも虫の居どころというものがあって、損得生死にかかわらぬ心をきめてしまえば、これはもう仕方がない。
剣を真に愛する者は、剣に宇宙を見、またその剣の正しからんことを願うものだ。剣を使う心の正しからんことを願う。我も人もそうあらんことを願わずにいられないものだ。
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