ばといって、卑怯者といきりたち、今度は要心専一に立向ってみても、尚さら手もなく倒されるばかりで、どうにもならない。
 噂をきいて、江戸の剣客という剣客、腕に覚えの連中はあらかた他流試合に乗りこんだが、一人としてよい勝負になった者がない。格段の差、順々にゴミのように打ち捨てられてしまったのである。師の法神はこの結果に満足し、房吉を江戸において帰村した。
 房吉は木挽町と赤坂二ツの道場を掛け持ちし、主として御家人はじめ多くの門弟をとって非常に繁昌したが、ある夏の晩、帰宅の途中、不意に暴漢に襲われた。敵は十四、五人であった。何者とも分らないが、剣の遺恨であるに相違ない。名人房吉と知って斬りかかった一団だから、いずれも腕はたつ。暗夜に房吉をかこんで一時にジリジリと迫った。
 房吉は自然に両刀を握っていた。臨機応変は法神流の持ち前だ。彼の身体が一閃して動きだした瞬間から、その動きは彼自身にも予測のできないものであった。敵の動きに応じる変化があるだけなのだ。走った。斬った。逃げた。斬った。敵の大部分が負傷して追う者がなくなったので、房吉は難なくわが家へ帰ってきた。彼自身は一太刀も傷をうけていなかっ
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