らう。私は、どんなにされても幸福なのだ、と思つた。一生のうちに今日ほどの幸福な日はあるはづがないのだ。この日を限りに、地獄へ落ちても、如何なる悲惨な運命がひしめきせまつても、この日を悔いてはならないのだ、と思つた。私は彼の何かやさしい小さな一言がかゝつただけでも、鳴咽しさうな気がした。
 しばらくの時間がすぎた。彼が何をしてゐるのだか私には分らなかつた。もう彼が何をしてゐても、よかつた。すると、突然、電燈がついた。私は小さな叫びをあげて、蒲団をかぶつた。
 彼は私の抵抗を排して、蒲団をはいだ。然し、そこに見出したものは、悄然と坐つた、弱々しい、男であつた。
「奥さん。あやまる。オレは、精いつぱいだつたんだ。こんなムゴたらしいことをせずに、奥さんと、お別れするつもりだつた。オレのことなんか、忘れてくれ。木村さんの良い奥さんになつてくれ。あの人は善良な人だよ。オレなんか、くらべものにならないんだ。オレはどんな女でも一晩ねる以上の興味がもてないやうなヤクザが魂にしみた人間のくづにすぎないよ。奥さんはわがまゝなんだ。木村さんに甘へすぎてゐる。肉体の満足なんて、タカが知れてゐるよ。そんなものクヨ
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